マイストーリー

経歴

千葉県船橋市出身で、小学校と高校は、父の仕事の関係で、アメリカで過ごしました。最初は英語が苦手でしたが、あるサマースクールで、同じように英語が話せない中国人と話したいと思ったのがきっかけで、勉強し始めました。会話が通じた時が楽しくて、それから積極的に外国人に話しかけるようになりました。引っ越してもすぐに友達を作り、適応力も身に付いたと思います。

大学は帰国し、慶應義塾大学で心理学を専攻しました。目に見えない人の心理が、データで客観的に確実に表せることに興味を持ち、目に見える行動から、生物の心理を紐解いていくアプローチをする、行動分析学のゼミに入りました。

卒業後は、大手メーカーに就職し、9年間勤めました。外国人に慣れていて、自然に話せることから、例えば現地営業との顧客回りから、幹部同士の会議まで、スムーズにコミュニケーションを図る仕事が多かったです。職種も幅広く、知的財産権、海外マーケティング、海外広報、営業企画等に携わりました。

退職と渡欧

色々な文化にふれるのが好きな私は、連休に旅行をしました。インドを旅した時に、物質的に恵まれていない世界を見て、ショックを受けました。しかし、インドでの生活は、何不自由なく、楽しいものでした。何もなくても生きていけるなら、私は何をしたいのだろう、と問い始めました。一方で、社内では昇格し、より忙しい部署へと異動になり、プロジェクトを任される等、より重い責任や、企業への献身が求められるようになりました。

そんな時、友人から、あるドイツの先生による、ピアノの公開授業に誘われました。ピアノは11歳の頃から趣味で弾いていました。音楽に触れている時は、憂鬱な気分が取れてリフレッシュできました。授業に参加して演奏したところ、先生から、いい線いっているからドイツに来ないかと、勧誘されました。
悩んで寝れない日々が続きました。退職したら収入はどうするのか、と。しかし、このままやりがいのない会社に勤めていても、人生真っ暗でした。また、その頃、逆流性食道炎になり、子宮筋腫も見つかり、体調も辛い状態でした。

家族にも反対され、孤独で不安な状況でしたが、結局、「人生は短い。一度きりだ」と、退職をする決意をしました。そんな時、音楽の応援をしてくれる新しい仲間達との出会いが、支えになってくれました。ドイツに下宿し、その約半年後にクラシックの小さなコンサートをスイス、ドイツ、マケドニアで行いました。

コンサートの後に観衆から大きな拍手を聞くと、大変嬉しく思いました。ところが、体がとても敏感な私は、パフォーマーとしてのストレスが大きく、また体調を崩してしまいました。何曲も集中して引き続けるための体力が無かったのです。また、次々と来る周りからのリクエストに疲れてしまいました。その後、貯金が底をついた事もきっかけで、日本へ帰国しました。

また、この頃、サイキックセンスの一つであるクレアオーディエンスが開花しました。ある日、部屋でぼーっとしていた時に、とても大きな音で、美しいオーケストラの曲が流れてきました。どこを見てもラジオやテレビはありませんでした。クレアオーディエンスとは、非物理的な音を聞き取る能力のことで、高次のエネルギーに波長を合わせて、音や声、情報が聞こえることがあります。

新たな挑戦、新たな出会い

その後、また目標を見失った私は、生活のために、塾講師のバイトや、派遣社員として働きました。落ち込みがちだったので、ドリーン・バーチューの美しいイラストと、希望のある言葉が書かれているオラクルカードを引いては、自分にポジティブな言葉をかけました。


この頃、自分で身体のケアができる方法を模索し始めました。その時に、叶礼美先生のワンネスインスティテュートのことをホームページで知りました。個人セッションを受けたのがきっかけで、クリスタルを使ったセラピーの講座を受けました。


クリスタル・アキュパンクチャーと言う先の尖ったクリスタル等を使い、チャクラを刺激して整えるパワーストーンセラピーには、大きく助けられました。毎回体が面白いほど軽くなっていきました。その後、モニターに協力して頂いた方から「良く眠れた」「腰が楽になってびっくりした」という感想を頂いて、プロとしての道を考え始めました。後に本セラピーの開発者であるマーガレット・ロジャース・ヴァンクープス博士の個人セッションで、「是非資格が取れたらプロとしてやってみたら」、と後押ししてもらった事も、自信に繋がりました。その後、パワーストーンセラピーを含む、様々な自然療法セラピーを組み合わせたメタフィジオセラピーを修了し、更にステップアップしていきました。


ワンネスインスティテュートで、サイキックセンスの講座も受けました。私のように、物理的に何もないところから聞こえるのは、誰にでもある能力である事を知りました。それでようやく、自分をきちがいとして責めなくなりました。その後、サイキックセンスを開発していくに連れて、自分が悩んでいること等に対してヒントを受け取ったり、楽しい音楽が聞こえてくるようになりました。そういった事から、この能力を良い方に使い、高次からのメッセージを、聞きたい人に伝えていこう、と思うようになりました。

人生最大の試練

人生最大の試練は、私は小さい頃に起きました。最も信頼していた人に、裏切られる経験でした。私はそれから、約20年もの間、人に言えない苦しみを理解するために、心理学を勉強したり、占星術家を訪れました。それまで、怒りや涙の解放、自殺願望の道を通ってきました。そして、ようやく、霊的成長のために起きている事象なのだと理解した時、私は自分に性的アイデンティティの課題があることに気付きました。自分が女性であることを、自覚していなかったのです。


それからが、変化の連続でした。当時の体験を再現した内容が夢に現れ、残っていた当時のショックの解放。自分が男性に生まれてこなかったことへの罪悪感、存在価値の課題。外に出たら怖いという思い込みへの気付き。


それらが出てくる度に、一つずつ感情に向き合って解放していき、ヒプノで思い込みを取り、ポジティブなものに置き換えていきました。少しずつ、女性としての自分が好きになってきました。自分で変わっていると思って嫌だった声も、好きになりました。スカートや好きな形の服を来て、ファッションを楽しむようになり、周りからも「綺麗になったね」と言われるようになりました。


また、ある講座で、自分がいつも疲れるのは、チャクラを開いていて、ネガティブなエネルギーに影響を受けているからということを知りました。普段からしっかりとチャクラを閉じることでガードし、エネルギーを保持する方法を学びました。今では昔とは比べられない程、疲れにくくなりました。この事がきっかけで、また音楽活動を再開する自信も取り戻しました。

セラピスト、カウンセラーとして

私が今、セラピー・カウンセリングを行っている目的は、自分が学んできたことを、必要とする人たちに還元するためです。苦しみや試練を乗り越えるために、また、ブロックとなっている古い感情や人間関係のしがらみ、変化への恐れを手放したい方のために、のパワーストーン等のツールを使ったヒーリングや、サイキックセンスを通して高次の存在からメッセージを伝えることに生き甲斐を覚えています。

 

また、自然豊かな地域で育った私は、小さい頃、良く裏山や木に登ったりする、やんちゃな子でした。自然は、私たちを素のままの自分に戻してくれます。彼らのエネルギーは、純真で、リミットなく、私たちにエネルギーを分けてくれます。バッチ博士が開発されたバッチフラワーレメディには、その植物の力が凝縮されています。

レメディは飲むものなので、ボトルを持っていれば、ストレスを感じた時に、すぐに飲めます。私は、よく職場に持っていきます。例えば、耳が痛くなるほど辛口の同僚とのトラブルがあった時、ウォルナットを含むブレンドを飲んだら、その昼休みに、「あの人も大変なんだな」と突然理解ができて、許せてしまい、午後には全く気にならなくなったことがあります。フラワーレメディを日々の自分への心と体のケアとして、お使い頂ければと思います。

 

2014年からセッションを始めました。皆さんから「気持ちがすっきりした」「ありのままでいいんだという感覚で目覚めた」「癒された」といったご感想を頂いています。これからも、変化が怖い、苦手な方に、未来を切り開くお手伝いをする、セラピスト・カウンセラーでありたいです。

音楽家・アーティストとして

私がヨーロッパで演奏をした時、他の音楽家たちは、その音色が好きであれば、芸大を出ていようがいまいが、理屈なしに集まってきました。そうして、一緒に演奏をするご縁もすぐにできました。だから、この世界に学歴はありません。音楽は、自由です。また、音楽には、歴史があります。音楽家が史上に残されているのは、やはり音楽は美しくて、人類の文明の一つとされているからなのだと思います。

福岡のあるコンサートホールへ行き、座って開演を待っている時、ふと、音楽は人類の財産なのだと感じました。その担い手の一人として、音楽を自分のライフワークとして、聴く人々の気持ちが明るくなる演奏をしていけたらいいな、というのが私のささやかな夢です。

現在は、クラシックから、新しくシンガーソングライターへ挑戦中です。クレアオーディエンスを使って、作曲をしています。高次と繋がって作った平和なメロディを、皆さんともシェアしていけたらと思います。